▲▽魔獣と青年▽▲





 ある晴れた日の、大陸のどこかにあるそれなりに大きな川の土手にて。
 川で水遊びをしている親子や、魚釣りをしている釣り人、パーティのこれからを相
談している冒険者たち、二人の将来を語り合う恋人たち…などなどが、ぽつぽつとそ
こら辺に陣取ってそれぞれの時間を過ごしている。
 そんな平和な所に、明らかに周囲から浮いた一人と一頭の影。
 一人は…まぁ、世間一般から見ればそれほど浮いていないのかもしれないが、オー
ソドックスで在り来りな銀髪黒ずくめ女顔の青年で、一頭の方は…明らかに世間から
浮いている巨大な鳥のような姿の「魔獣」であった。
 姿が鳥なら鳴き声もまた鳥のようで、そいつは青年に向かってひたすら『くぇ
くぇ』と話しかけている。青年の方もその魔獣が何と言っているのかばっちり理解で
きるようで、「そうですね」とか何とかかんとか相槌を打っている。
 こういうところを見れば、この青年も十分世間離れしている…のかもしれない。
断っておくが、この相槌は決して適当に打っているわけではない。
 この二人は現在、面白くないようでやはり面白くない「雑談」の真っ最中である。
 青年の方は、必要さえなければ隣に誰がいようと決して自分から話をしだすような
人柄ではない。無口といえばそうだろうというような、そういう奴である。
 対して魔獣のほうは、「伝説上の生き物」だとか「秘境に潜む獣王」だとか、とに
かく人間の前にはほとんど姿を現さないはずの存在なのに、やたらめったらおしゃべ
りである。
 柔らかな草むらに寝そべって、顔だけ上げて青年に語りかけ続ける。ふわふわな淡
い紫の翼と、真ん丸い真紅の瞳が、見る人から見れば可愛らしいと思えるかもしれな い。
 尻尾の先だけぱたぱた動かしていたり、時々立ち上がって翼を広げてみたり…な
ど、こいつを知らない者がこの淡い紫の巨鳥を見ても、決して「魔獣」などとは思わ
ないだろう。
 隣に座っている青年も、初めて出会ったときは「あぁそうなんだ」という感じにこ
の鳥を「魔獣だ!」と思っていたようだが、今となっては「本当にそうなのか?」と
疑問を抱いている。
 とりあえず、魔獣と旅をするようになってから三年と少し、青年が魔獣から受けた
恩恵は非常に大きい(俗に言う「エンカウント率」がほぼゼロになった…など)とい
うことで、あまり深くは追求しないことにしていた。
 晴れた空。
 ぷかぷか浮かんでいる真っ白な雲。
 この魔獣を恐れてか、かなり遠慮しがちに鳴いているように聞こえる鳥たちの声。
 木々や草花を揺らし、去っていく風。
 …話がなかなかまとまらないらしく、時々誰かの怒鳴り声も聞こえてくる、そんな
平和な河原にて。
 魔獣の独壇場とも言える雑談が、本格的に始まる。



議題その1、色使いなどなどについて。

 こんな話題になったのも、魔獣のふとした一言が原因だった。
 即ち、『君って地味だよね』…と。
 ただ、「地味」と言われた青年以外の者にはそう聞こえず、普通に「くぇくぇ」と
言っているようにしか聞こえない。
 『いっつも真っ黒い服だし、銀色の髪の毛だし、それをくくってる紐も黒いし…
ちょっとぐらい何か色の付いたものを身につけようとか思わないの?』
 それを聞いた青年は、すかさずこう返す。
「しんぷるいずべすと、と言うでしょう。私なんかが変に着飾ってもおかしいだけで
すよ」
『いや、着飾れ、なんて一言も言ってないんだけどさ…』
「それに、私が黒い服ばっかり着ているのにもちゃんと理由があるんですよ」
 魔獣は青年のこの言葉に、興味津々といった口調で聞いてみる。
『どんな!?どんな理由!!?』
 何となく『理由なんてあったの!?』というように聞こえなくもなかった台詞だ
が、とりあえず深く考えないことにする。
「あまり考えなくてもいいでしょう。今日はこの色だとか、この色に合う服はこれだ
とか…」
『………』
 所詮こいつはこいつか、ふっ、期待した自分が愚かだった。
 …と言わんばかりの間と表情。
「…なんです、人が折角答えてあげたというのに」
『別に。気にしないでよ。服装に関して理由があるなんて君にしては珍しいと思った
のに、期待するほど面白いものじゃなかったからがっかりしてるだけ』
「………」
 所詮こいつはこいつ〜(以下略)。
 …と、この青年も考えているに違いない。
「じゃあ、あなたは一体どういう理由を望んでいたんですか?」
 そこまで言われるとは思っていなかった青年。なので、何となくこの魔獣が考えて
いた「自分が黒い服ばっかり着ている理由」を知りたくなったらしい。
 魔獣は遠い目をして答える。
『…【黒い服は血の色を見えにくくする】…』
「…どんな世界の服飾観念ですかそれは…というより、あなたは本当に私にそんな理
由を期待していたんですか?」
 呆れた様子でそう言う青年。魔獣の見せた反応は…
『ん〜ん、全然』
 と、首を横に振ってそう答えただけの、全くもって簡素なものだった。
「(まぁ…こいつはいつでもこんな感じですし…こんなことで腹を立てていたらこの
先とてもやっていけそうにないですし…)」
 とにかく飼い主(青年)は、魔獣の非礼を許してやることにした。
 …万が一けんかになった時、自分が生き残れるとは考えられない、というのもある
かもしれない。
「そういえば、今更ですけどあなたって本当に派手な色の魔獣ですよね」
 自分の方に振られた話題は、等しく相手にお返しする。
 今度は青年よりも幾分か面白いであろう魔獣が答える番である。
『派手?』
 そう言って、自分で自分の羽の色をまじまじと見つめてみる。
『そんなに派手な色してる?』
 全身を淡い「紫」の羽で覆われたこの魔獣。遠くから見ても一目で分かるし、何よ
り「秘境に『潜む』獣王」の色としてはあまり相応しくないように思える。
 魔獣のこの声に、深くうなずく青年。
 自分が非常に地味な姿をしているだけあって、この魔獣の派手さが目に余るのかも
しれない。決してそれを非難しているわけではないが。
「あなたの羽の色がもしもどぎつい「紫」だったらと思うと…」
『…いくらなんでもそんなのだと僕も嫌だよ…』
 見ているだけで目が疲れそうなこと請け合いである。
 あまり面白いことはなかったが、とりあえずこの議題はここまでのようである。



   議題その2、どうしてお前は…

 今回は珍しく青年の方から話が振られた。
「前々から思っていたんですが…魔獣ってみんなあなたのように話し好きなんですか
?」
 恐らく自分でも、それはないだろう、と思っているに違いないが、聞かずにはいら
れなかったらしい。
 この何かとおしゃべりな鳥を見ていれば誰だってそう聞きたくなるようなものだろ
うが。
 魔獣はこの質問にも先程と同じように首を横に振る。縦でなくて良かったと青年は
思っていると確信する。
『基本的にはあまり喋らないと思うよ。普通なら森の奥深くとか、高い山の頂上とか
で孤独に暮らしてるから、誰かとお喋りしたくても出来ないのさ。人前に出ても同じ
だと思うよ。魔獣って口数が多い存在じゃないもの』
 …とこいつが言っても全く説得力がないと感じているのは、この青年だけではない
だろう。
「その割にはあなたは良く喋ってますね…」
『魔獣といっても人間と同じで、みんながみんな「こうだ!」って決まってるわけ
じゃないんだよ。それを言うなら、君だって他の人間と同じように少しは社交性を持
ちなよ』
「いえ、私は決して喋るなと言っているわけじゃないんですよ?ただ、私が抱いてい
た「魔獣」のイメージをことごとくあなたに壊されたからであって…」
『…固定観念なんて、今の時代通用しないよ?』
「………そうですね」
 ほとんどため息といっていい様子でそう言うと、改めて巨大な鳥にしか見えない魔
獣を見つめてみる。
 ふわふわの毛並みはどんな羽根布団よりも寝心地がいいし、丸い目は恐ろしい「魔
獣」のイメージが全くない。くちばしだって尖っているわけではないし…ここだけ見
ているとほとんど「鳥」そのものだが、この「鳥」を何とか「魔獣」にランクアップ
させているもの…それが、頭についている立派な三本の角であった。
 逆を言えば、この角さえなければこの魔獣は単なる「鳥」にしか見えないのであ
る。
「…本当に通用しませんよね…」
『あからさまに僕に向けて言ってるでしょ…』
 それから暫く会話が途切れる。
 川の向こうの冒険者たちが、我を通そうとして声を張り上げている。
 釣り人は…今日の釣果は今ひとつらしい。先程から棹を振っては糸を手繰り寄せ、
投げる場所を変えている。
 鳥は相変わらず遠慮したまま…
 そんな静かでやかましい昼下がり、突然魔獣がこんなことを言ってくる。
『初めて出会ったときからずっと思ってたけどさ…君って本っ当に女顔だよね』
 その言葉を聞いて、明らかに表情が変わる青年。
 気にしていても仕方がないとは分かっているが、周囲にこういう輩がいるからどう
しても気になってしまうらしい。
「………その話はなしにしましょう。はっきり言って無意味です」
 自分に出来る限りの険悪な表情で、きっぱりとそう言う青年。
 苦労の甲斐あってか、それきり魔獣はこの話題については何も言わなくなった。
『あぅ…ご…ごめん…だからそんな恐ろしい顔しないで…』
 断っておくが、決して「鬼のようなすさまじい形相」をしているわけではない。た
だ、普段の正直情けない感じのする青年からは想像できないほど険悪な表情をされた
から、魔獣は戸惑ってしまったのだろう。
 …そんなものである。



   議題その3、収入源の確保は?

『たまには宿屋のベッドで寝たい』
 …などということを、元来万年「野宿」のはずのこの魔獣が言い出したのは、つい
最近起こった出来事からである。
 研究の結果、魔獣はついに人の姿になることに成功、かなり前から興味のあった
「ベッドで寝てみる」ということができるようになったのである。
 そして一度だけ、ほんの一度だけベッドで寝ることが出来たのだが…
 どうやらそれで味を占めたらしい。
 以来、人の姿になった時には決まってそういうことを青年に強請る始末…
 しかし、この二人の財政事情はものすごく悪い。
 なぜなら、安定した収入なんてものがないからである。
 この時代、冒険者たちは世界を巡り知られざる洞窟・廃墟に潜り、運次第で巨万の
富を得る。
 それでなければどこの街にも大抵ある「なんとかギルド」に貼っているポスターを
見て、駆除対象モンスターを狩るなり賞金首を捜すなり何なりするものだが…
「…なら、大道芸…しますか?」
 険悪に続いてかなり冷たい視線を送りながら、青年は魔獣にそう呟く。
 青年の言いたいことはつまり、この魔獣に「見世物」になれ…ということである。
『どうしてそういうことしか思いつかないのさ…』
 魔獣の言うことももっともである。
 断っておくが、この二人は今までに一度たりとも青年の言った「大道芸」はしてい
ない。
 しかし、状況が切迫してこれば…選択肢の一つに挙げられることは確実である。
「まぁ、それは忘れましょう」
 再びきっぱりと言い切る青年。
『…うん』
 どこか納得がいかない様子の魔獣。
「確かに、このまま行けば…二人仲良く宿屋に泊まるなんてことは絶対出来ません
ね」
 それ以前に、どうやって食べていくつもりなのかを話し合ってほしいものである。
『僕たちさ、大分魚釣りとか上手くなったよね』
「…そ…そうですね…」
 ここで、二人してため息をつく。その姿(というより仕草)がかなり似ていること
は…青年の方には内緒である。
「とりあえず、どこかのギルドでも覗いてみましょう。そこでレベルの高い魔物討伐
の張り紙でもあったら…」
『…狩りの時間、だね』
「…頑張ってくださいよ…あなたに二人分の生活がかかっているんですからね…」
 どことなく怪しい雰囲気がしているが…気にしないでおこう。
 しかしこの青年、魔獣に出会ってからというもの、何かとそいつに任せっきりに
なっているような気がしないでもないが…
『囮は任せたからね』
「………」
 そうでもないようである。



   議題その4、二人の行く末。

『あのさ、この際だから聞きたいんだけど』
「何ですか?」
『この旅が終わったら…どうするつもりなの?』
 まだ話は始まったばかりだというのに、終わったあとのことを聞いてくる魔獣。
 しかも今までの態度とは一変して真面目な様子である。
「終わったらどうするかなんて…その時に考えますよ。ただ、そうですね…どこか静
かな所に住みたいですね」
『…そうなの?』
 どことなく寂しそうな声を出す魔獣。魔獣は魔獣で思う所があるのかもしれない。
「そうです。まぁ、今の気分では、というものですから、明日この質問をされたら違
う答えを言うと思いますよ。…どうしたんですか?突然そんなことを聞いてくるなん
て」
 対して、至って普通な青年。ほんの僅か、いきなりこういう態度と質問をしてくる
魔獣が気になる程度である。
『…別に…』
 しかし魔獣は、青年が思っている以上に重症のようである。素っ気無くそう答え
て、ぷぃっと顔を青年から背ける。
「一体どうしたんですか?突然そんな態度を取るなんて、あなたらしくありませんよ
?」
 そこまでされるとさすがに心配になってきたのか、とりあえず魔獣にそんな態度を
取る訳を聞いてみるが…
『別にぃ〜』
「………」
 再び素っ気無い返事をされる。
 お前は中学生(?)か!?と言いたくなるような衝動に駆られるが、ここは青年、
我慢である。
 しかしため息ぐらいはつきたくなる。
「…。いったい何を考えてそんな態度を取るのかどうか知りませんが…この旅、もう
あと数年は終わりそうにないですよ。だから、そんな先のことを考えるのは止めま
しょう。鬼に笑われますよ?」
『…本当?』
 何となく、急にこの魔獣が子供っぽく見えてくる。
 普段あまり表情が変わらない青年に対して、この魔獣は「本当に魔獣なのか!?」
と言いたくなるほどくるくると表情が変わる。
 そのお陰で青年の気苦労は絶えないが、何となく釣り合いが取れているとも考えら
れる。
「本当です。だって、考えてみてくださいよ。私とあなたが出会ってから三年と少
し、その間探し物を見つけた回数がたったの三回、しかし毎回どつき飛ばされるばか
りで手に入らず…なので、数年どころか、短く見積もってもあと十年ぐらいはかかる
んじゃないかと思いますよ?」
『…十年…』
「そうなったら私も三十路なんですね…年が経つのは恐ろしいものです」
『そ…そだね』
 とりあえず、魔獣の心配の種はどこかへ吹き飛んだようだ。



   議題その5、本当に雑談でも。

「最近、どうもパッとすることが無いように思えるんですけど」
『そぉ?僕は結構楽しいことがあったと思うけど?』
「…あなたにとっては、です。私にとっては大惨事ですよ」
『…その言い方ひどい…』
 数週間前にあった、青年にとっては大惨事、魔獣にとっては結構楽しいこと。
 それは………魔獣が青年の姿に変身することが出来るようになった、という出来事
である。
 その時の青年の驚きようといったら…湖に二回落ちるほどであった。
 通称ドッペルゲンガーの術(?)。
 それ以来魔獣は屋根の下で暖かい布団に包まって眠るという幸福を覚えたのであ
る。
『でもさ、そのお陰で情報収集の幅は広がったよね。僕のお陰だよね』
 僕のお陰、を思いっきり強調して言う魔獣。
「…そうですね…確かにそれは事実ですが…」
 この世界、情報収集というとただ単に情報屋に行くか、○○ギルドに顔を出すか、
それとも多くの人が集まる酒場に行くか、というのに限る。
 しかしこの青年…酒が飲めないどころか、匂いも駄目だという極端な下戸(といえ
るかどうか)な為、今まで酒場にほとんど近づけずにいたのだ。入るにもそれなりの
ことを覚悟しておかないと後々大変なようで…
 それが、魔獣のドッペルゲンガーの術によって一気に解決。情報収集が以前に比べ
て非常に楽になったのである。
 魔獣は『もっと褒めて!!』と言わんばかりの勝ち誇った表情をしているが、この
話題はここで打ち切られてしまった。
「そろそろ先に進みませんか。対岸の冒険者たちも話がまとまったようですし…」
 いつの間にか怒鳴り声が聞こえなくなっていた河原。他の所に視線を移動させる
と、釣果が無くがっかりした様子で家路に着く釣り人の姿と、二人別々の方へ去って
いく(もと)恋人たち。派手に騒ぎすぎて、自分たちはもとよりその両親までびちゃ
びちゃに濡れている親子。
 日は傾き、それまでうっすらと空に白い影を作っていた月の光が、だんだん強く
なってきている。
 青年は立ち上がり、懲りずに真っ黒い生地で出来ている鞄を適当に持つと、川の上
流の方へと歩いていく。
 魔獣も急いで立ち上がり、彼の後に続く。…そしてそのうち例のドッペルゲンガー
になって、今度は『くぇくぇ』でなく他の人間にもしっかり通じる言葉を話し、先程
までの雑談の続きを話し始める。
 財布の中身は相変わらず貧相なものだが、今日の分ぐらいの宿代はある。もっと
も、泊まるかどうかは次に着いた街のギルドに貼ってある魔物討伐のポスターの値段
によるのだが…
 とりあえず、この魔獣は大好きな青年のために今日も明日も明後日も明々後日も頑
張るのであった。



 その後。
 着いた街のギルドにものすごく高額な魔物討伐のポスターが貼ってあったのでそれ
を幸運に思い、明日早速討ち取りに行くということで贅沢にも宿に泊まることにした
二人。
 しかし次の日、再確認のためにそのギルドに行ってみると、魔物は既に退治され賞
金も渡された後であった。
 こうして見事に金運に見放された二人であった。



                               おしまい。